
ボン条約とは、「移動性野生動物の種の保存に関する条約(ボン条約 / CMS:Convention on the Conservation of Migratory Species of Wild Animals)」のことです。英語ではConvention on the Conservation of Migratory Species of Wild Animalsといい、1979年にドイツのボンで採択されたため、「ボン条約」とも呼ばれます。
ボン条約(CMS)が守ろうとしているのは、国境を越えて移動する野生動物です。渡り鳥、クジラ、ウミガメ、ジュゴン、そしてサメやエイの仲間も、その対象に含まれます。
サメ保全の文脈でボン条約(CMS)が重要なのは、多くのサメがひとつの国の海だけで生きているわけではないからです。沿岸域、外洋、繁殖場所、採餌場所を行き来し、ときには複数の国の海域や公海をまたいで移動します。
つまり、ある国だけがサメを保護しても、移動先で強い漁獲圧を受ければ、その種を守ることはできません。ボン条約(CMS)は、こうした「移動する命」を、移動経路全体で守るための国際的な枠組みです。
ボン条約(CMS)は何を目的とした条約なのか
ボン条約(CMS)は、国境を越えて移動する野生動物を保全するための国際条約です。
特徴は、単に「この動物を守りましょう」と宣言するだけではなく、その種が移動する範囲に関わる国々、つまり「Range States(分布国・回遊範囲に関係する国)」が協力する仕組みを持っている点です。
移動性の動物は、繁殖地、成育場、餌場、移動経路のどこかひとつが失われるだけでも、生き残りが難しくなることがあります。そのためボン条約(CMS)では、個体そのものだけでなく、生息地や移動経路の保全も重視されます。
なぜサメ保全でボン条約(CMS)が重要なのか
サメは、しばしば「人喰いザメジョーズ」「危険な生きもの」や「漁業資源」として語られてきました。しかし保全の視点で見ると、サメの多くは成長が遅く、成熟まで時間がかかり、産む子どもの数も少ないため、過剰な漁獲に弱い生きものです。
さらに、サメの中には長距離を移動する種が多くいます。ホホジロザメ、ジンベエザメ、ウバザメ、アオザメ、ヨゴレ、シュモクザメ類、オナガザメ類などは、国境を越える移動性を持つサメとして国際保全の対象になっています。
このようなサメを守るには、「どの国の海で捕らないか」だけでは不十分です。繁殖場所、幼魚が育つ沿岸域、外洋の採餌場、島の周辺に形成される集合場所など、生活史全体を見た保全が必要になります。
ボン条約(CMS)は、サメを「一国の資源」ではなく、「移動経路を共有する国際的な野生動物」として扱うための枠組みだといえます。
ボン条約の附属書IとIIについて
ボン条約では、対象となる移動性野生動物を2つの附属書(Appendix)に分けて掲載しています。
附属書I(Appendix I)
絶滅のおそれがある移動性種が掲載されます。関係する加盟国は、捕獲・殺傷の禁止、生息地の保全、移動を妨げる障害の軽減など、厳格な保護措置をとることが求められます。
附属書II(Appendix II)
国際的な協力によって保全を進める必要がある移動性種が掲載されます。「ただちに絶滅寸前」というわけではありませんが、複数の国が連携して管理に取り組むべきと判断された種が対象です。
サメの場合、この附属書IIが特に重要です。多くの回遊性サメは漁業や混獲の影響を受けながら、複数の国や公海を移動するからです。
ボン条約に掲載されているサメ・エイ類の一例
ボン条約には、サメやエイの仲間も多く掲載されています。
| 種名 | ボン条約での掲載区分 |
|---|---|
| ヨゴレ | 附属書I |
| ジンベエザメ | 附属書I・II |
| ホホジロザメ | 附属書I・II |
| ウバザメ | 附属書I・II |
| カスザメ | 附属書I・II |
| ドタブカ | 附属書II |
| アオザメ | 附属書II |
| バケアオザメ | 附属書II |
| ニシネズミザメ | 附属書II |
| アブラツノザメ | 附属書II |
| オナガザメ類 | 附属書II |
| シュモクザメ類 | 附属書II |
| ノコギリエイ類 | 附属書I・II |
| マンタ・モブラ類 | 附属書I・II |
掲載状況はCOPなどの国際会議を通じて更新されます。最新情報はSharks MOU公式サイトでご確認ください。
補足:ボン条約の「附属書」とSharks MOUの「Annex」は別物
サメ保全に関する国際文書を調べると、「附属書(Appendix)」と「Annex」という似た言葉が出てきて混乱しやすいです。この2つは別の枠組みに属するものなので、整理しておきます。
ボン条約本体の附属書(Appendix I・II)は、条約そのものの付属書であり、法的拘束力を持ちます。
一方、CMS Sharks MOU(サメ類の保全に関する覚書)は、ボン条約の枠組みのもとで結ばれた国際的な取り決めですが、法的拘束力のない政治的合意です。このSharks MOUにも独自の付属書(Annex)が3つあります。
| 付属書名 | 内容 |
|---|---|
| Annex 1 | Sharks MOUが対象とするサメ・エイ類の種リスト。現在37種(または種群)が掲載されています。 |
| Annex 2 | 科学的助言を行う諮問委員会(AC)の地域区分と代表権に関する規定。 |
| Annex 3 | 調査、持続可能な漁業管理、重要生息地の保護などを定めた保全計画(Conservation Plan)。 |
なお、ボン条約の附属書に掲載されたサメ類は、原則としてSharks MOU Annex 1への追加が提案されます。ただし自動的に連動するわけではなく、3年ごとに開催される署名国会議(MOS)での合意を経て正式に組み込まれます。
CMS Sharks MOUとは?
サメ保全を考えるうえで、ボン条約(CMS)本体とあわせて重要なのが「CMS Sharks MOU(回遊性サメ類保全に関する覚書)」です。
正式名称は、Memorandum of Understanding on the Conservation of Migratory Sharksで、日本語では「移動性サメ類の保全に関する覚書」と訳せます。
CMS Sharks MOUは、移動性のサメとエイを対象にした、世界初の国際的な保全枠組みです。法的拘束力のない文書ですが、署名国や関係機関が協力し、サメ・エイ類の良好な保全状態を達成・維持することを目的としています。
CMS Sharks MOUの保全計画では、主に次の5つの目標が掲げられています(Sharks MOU)。
- 研究・モニタリング・情報交換によって、移動性サメ類への理解を深める
- サメを対象とする漁業・混獲を含む漁業を持続可能にする
- 重要な生息地、移動回廊、生活史上重要な段階を保護する
- サメと生息地への脅威について市民の理解を高め、保全参加を促す
- 国内・地域・国際協力を強化する
ここで重要なのは、CMS Sharks MOUが漁業を無視した保護だけを求めているわけではない点です。地域漁業管理機関、FAO、地域海条約、その他の多国間環境協定と連携しながら、サメの保全を進める仕組みになっています。
ボン条約(CMS)は「掲載して終わり」ではない
ボン条約(CMS)の大切な点は、附属書に種を掲載するだけで終わらないことです。
ボン条約(CMS)では、特定の種や種群について「Concerted Actions(協調行動)」や「Species Action Plans(種の行動計画)」が作られることがあります。これは、掲載された種の保全状態を改善するために、優先すべき保全措置や調査、管理、国際協力の方向性を整理するものです。
たとえば、カスザメやウバザメ、シロワニ、マンタ・モブラ類(マンタに比べてやや小ぶり、イトマキエイなど)などでは、保全行動や行動計画が議論されています。
ただし、条約に掲載されたからといって、自動的に個体数が回復するわけではありません。実際の保全には、各国の法制度、漁業管理、監視、研究、地域社会の協力が必要です(Shark Trust, 2026)。
移動性野生動物は今どれくらい危機にあるのか
ボン条約(CMS)が対象とする移動性野生動物の状況は、決して楽観できるものではありません。
2026年に公表された『State of the World’s Migratory Species: Interim Report』では、ボン条約(CMS)掲載種の個体群の49%が減少傾向にあり、24%の種が世界的に絶滅のおそれに直面していると報告されました。これは、2024年の基準からわずか2年で悪化した数字です(CMS 2026)。
特に移動性魚類については深刻で、2024年の報告では、1970年代以降に平均90%減少し、ボン条約(CMS)掲載の移動性魚類の97%が絶滅のおそれに直面しているとされています(CMS 2026)。
サメやエイも、こうした移動性魚類の危機と無関係ではありません。漁獲圧、混獲、生息地の劣化、海洋汚染、気候変動などが重なり、移動経路全体での保全がますます重要になっています。
公海条約(BBNJ協定)とボン条約(CMS)の関係
サメ保全を考えるうえで、近年重要性が増しているのが公海です。
公海は、どの国の領海や排他的経済水域にも属さない海域で、世界の海の大きな部分を占めます。多くの回遊性サメは、この公海も利用します。
2025年、国家管轄権外区域の海洋生物多様性を保全し、持続可能に利用するためのBBNJ協定が発効に向けた節目を迎えました。ボン条約(CMS)は、この新しい公海の枠組みと連携し、移動性種の重要な生息地、移動経路、海洋保護区、環境影響評価などに知見を提供できる立場にあります。
つまり、ボン条約(CMS)は「種」を見る条約であり、BBNJ協定は「公海の管理」を強化する枠組みです。回遊するサメを守るには、この2つの視点をつなぐことが重要になります。
日本はボン条約(CMS)に加盟しているのか
日本は現在、ボン条約(移動性野生動物種の保全に関する条約、CMS)に加盟していません(CMS 2026)。未加盟なのは日本だけではなく、アメリカ・ロシア・中国といった主要国も同様です(Hensz & Soberón 2018)。
ただし、未加盟は「無関係」を意味しません。日本近海にも回遊性のサメやエイは生息しており、公海で操業する日本の漁船は国際的な保全の議論と深く関わっています。ボン条約は国内で直接適用される条約ではありませんが、サメ保全を国際的に理解するうえで欠かせない枠組みです。
日本はなぜボン条約(CMS)に加盟していないのか
日本には、渡り鳥の保護について日米・日露・日豪・日中の二国間協定が整備されており、ボン条約以外の枠組みでも移動性野生動物の保全を進めてきた経緯があります(環境省)。
また、日本政府は海洋生物資源について「科学的根拠に基づく持続可能な利用」を重視する立場をとっており、一部の研究者やNGOからは、クジラ類や海洋生物をめぐる保護・利用の考え方の違いが加盟に影響している可能性も指摘されています(外務省 2018)。ただし、ボン条約(CMS)に加盟していない理由について、日本政府が公式説明を行っているわけではありません。
ボン条約(CMS)とCITESの違い
ボン条約とよく混同される条約に、CITES(ワシントン条約)があります。CITESは日本語で「ワシントン条約」と呼ばれ、絶滅のおそれのある野生動植物の国際取引を規制する条約です。
どちらもサメ保全に関わりますが、対象とする問題がまったく異なります。
- ボン条約→「移動するサメをどう守るか」国境を越えて回遊するサメを、移動経路全体で保全することに重点を置いています
- CITES→「国際取引されるサメをどう管理するか」フカヒレ・肉・皮・顎・標本などの国際取引を規制し、絶滅危惧種の商業利用に歯止めをかけます
この違いを理解すると、サメ保全が「保護か利用か」という単純な話ではなく、移動・生息地・漁業・国際取引・各国の制度が複雑に絡み合った問題だとわかってきます。
つまり、簡単にいうと、
- ボン条約(CMS)は「移動するサメをどう守るか」
- CITESは「国際取引されるサメをどう管理するか」

この違いを理解すると、サメ保全が「保護か利用か」という単純な話ではなく、移動、生息地、漁業、国際取引、各国の制度が重なった問題であることが見えてきます。
まとめ
Nature Knows No Borders「自然は国境を知らない」(Convention on Migratory Species)
ボン条約(CMS)は、国境を越えて移動する野生動物を守るための国際条約です。
サメ保全においてボン条約(CMS)が重要なのは、多くのサメが一つの国の海だけで生きているわけではないからです。繁殖場所、成育場、採餌場、公海、沿岸域をまたいで移動するサメを守るには、移動経路全体を見た国際協力が必要になります。
ボン条約(CMS)は、サメを「どこかの国の資源」としてだけではなく、「複数の国と海域をつなぐ移動性野生動物」として扱う枠組みです。
そして、サメやエイについては、CMS Sharks MOUという専門的な協力枠組みもあります。そこでは、研究、漁業管理、重要生息地の保護、市民参加、国際協力が重視されています。
ボン条約(CMS)は万能ではありません。掲載されただけでサメが守られるわけではなく、実際の実施、漁業管理、監視、地域ごとの協力が必要です。
それでもボン条約(CMS)は、回遊するサメを保全するうえで欠かせない条約です。
サメは、国境を知りません。だからこそ、サメを守る仕組みもまた、国境を越えて考える必要があります。
参考文献
【学術論文】
Hensz, Christopher Michael & Soberón, Jorge, 2018, “Participation in the Convention on Migratory Species: A Biogeographic Assessment,” Ambio, 47, pp.739–746.
https://link.springer.com/article/10.1007/s13280-018-1024-0
(2026年6月13日取得).
Dulvy, Nicholas K., Fowler, Sarah L., Musick, John A., Cavanagh, Rachel D., Kyne, Peter M., Harrison, Lucy R. et al., 2014, “Extinction Risk and Conservation of the World’s Sharks and Rays,” eLife, 3:e00590.
https://elifesciences.org/articles/00590
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【国際機関・条約資料】
Convention on Migratory Species (CMS), 2026, “State of the World’s Migratory Species: Interim Report”.
https://www.cms.int/publication/state-worlds-migratory-species-interim-report-2026
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Convention on Migratory Species (CMS), 2026, “New Report: Decline of Populations of Migratory Species of Animals Covered by UN Treaty Worsens from 44% to 49% in 2 Years”.
https://www.cms.int/news/new-report-decline-populations-migratory-species-animals-covered-un-treaty-worsens
(2026年6月13日取得).
Convention on Migratory Species (CMS), n.d., “Convention on the Conservation of Migratory Species of Wild Animals”.
https://www.cms.int
(2026年6月13日取得).
Convention on Migratory Species Sharks MOU, 2026, “Memorandum of Understanding on the Conservation of Migratory Sharks”.
https://sharks.cms.int/legalinstrument/sharks-mou
(2026年6月13日取得).
Convention on Migratory Species Sharks MOU, 2026, “Species listed on the Sharks MOU and their status on the CMS Appendices”.
https://sharks.cms.int/species
(2026年6月13日取得).
【政府資料】
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https://www.env.go.jp/nature/kisho/kisei/en/species/migratory-bird/
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外務省,2018,「日本政府官房長官による声明(国際捕鯨取締条約からの脱退について)」.
https://www.mofa.go.jp/ecm/fsh/page4e_000969.html
(2026年6月13日取得).
【NGO・専門機関資料】
Shark Trust, 2026, “Sarah Fowler Reports from Convention on the Conservation of Migratory Species in Brazil”.
https://www.sharktrust.org/blog/sarah-fowler-reports-from-convention-on-the-conservation-of-migratory-species-in-brazil
(2026年6月13日取得).
IISD Earth Negotiations Bulletin, 2026, “CMS COP15 Summary Report”.
https://enb.iisd.org/conference-parties-convention-migratory-species-wild-animals-cms-cop15-summary
(2026年6月13日取得).

