沖縄美ら島財団の研究チームが、サメの赤ちゃんをお母さんザメの胎内のように安全に育てるための「小型」のサメの人工子宮装置を独自開発し、その成果を国際的な学術誌で発表しました。この新しく開発された「小型」のサメの人工子宮装置により、これまで困難だった胎仔の長時間搬送が可能となり、今後は海上で救助された早産胎仔を遠くに運んで育てるなど、将来的に絶滅危惧種の保全に役立つことが期待されています。
サメの人工子宮装置とは
今回、新たに作成した「小型」人工子宮装置の全容
一般財団法人沖縄美ら島財団は、2017年より胎性サメ類の早産胎仔の救命を目的とした人工子宮装置の開発を行なってきました。今回、従来のものより大幅に小型化した装置を新たに作成し、その装置を用いた深海ザメ「ヒレタカフジクジラ」胎仔の育成・人為出産に成功しました。
沖縄美ら島財団の研究チームは、早産したサメの赤ちゃんを救うためのサメの人工子宮装置を開発する取り組みを2017年から開始しました。
サメのおよそ6割は胎性サメ類で、人間のようにお母さんザメのお腹の中で数ヶ月〜数年間、大きくしてもらってから生まれてきます。そのため、なんらかの理由で早産してしまった場合、サメの赤ちゃんは生きていくことができません。
この装置は、そんな小さな命を、まるで母親の胎内のように安全に育て上げることができます。
サメの人工子宮装置は、お母さんザメのお腹の中で大きく育つ前に生まれてしまった小さなサメの赤ちゃんの小さな命を大切に守り、大きく育てるための、あたたかいゆりかごのようなものということですね。
一般財団法人沖縄美ら島財団の研究チームは、2017年より、母体外で胎仔を育成するための「人工子宮装置」の開発を行なって来ました。その結果、2020年には、独自に開発した装置を用いて、深海ザメ「ヒレタカフジクジラ」の胎仔を5ヶ月間にわたり育成することに成功しました*1。さらに、その翌年には装置で育成したヒレタカフジクジラ胎仔の人為出産に世界で初めて成功しました*2。
サメの人工子宮装置で深海ザメの人為出産に成功
≪ヒレタカフジクジラ≫
学名:Etmopterus molleri太平洋の深海域に広く分布する全長50cmほどの小型のサメ。体表に微小な発光器があり青く発光することから「光るサメ」としても有名。一度に6個体ほどの仔ザメを妊娠する卵黄依存型の胎生種。長期飼育例のないサメの一つ。
沖縄美ら海水族館は、独自に開発したサメの人工子宮装置を用いて、深海ザメの「ヒレタカフジクジラ」を約1年間育成し、世界で初めての人為出産に成功しました。生まれた赤ちゃんザメは、約1年間の飼育期間中に順調に成長。出産時には15cmだった全長が1年をかけて18cmまで成長したことや、吻部を餌に押し付けて摂餌する行動などが、新たな知見が得られました。
- 2022年4月28日からサメの人工子宮装置内で約1年間育成
- 2023年4月10日に人為出産(通常の海水飼育に移行)に成功
- 約1年間飼育した結果、出産時には15cmだった全長が1年をかけて18cmまで成長
新しいサメの人工子宮装置のすごいところ
深海ザメのヒレタカフジクジラを世界で初めての人為出産に成功、その後は約1年間、人工的に育てて出産させることに成功したサメの人工子宮装置。
装置の有効性を検証するため、2023年12月から2024年2月にかけて、ヒレタカフジクジラの胎仔6尾を新装置で育成しました。その結果、胎仔は出生サイズまで成長し、人為出産を迎えました。
この画期的な装置が、さらなる改良を重ね、進化を続けています。
新しい人サメの人工子宮装置のすごいところは3つ。
- 超小型化
- シンプル設計
- どこでも使える
超小型化
以前のサメの人工子宮装置は1トンと非常に重く、移動が困難でしたが、新しいサメの人工子宮装置は総重量が20分の1以下のわずか40kgにまで軽量化されました。これにより、人手で運んだり、車や小型船に積んで運んだりすることが可能になりました。
シンプル設計
サメの人工子宮装置の仕組みをできるだけ簡単にしました。
- 人工的な羊水の量を最小限にする
- 水をきれいにするフィルターをなくす
- 水温を保つのに普通の小型冷蔵庫を使う
どこでも使える
サメの人工子宮装置の小型化により、水族館の施設内だけでなく、野外での使用が初めて可能になりました。海上の救助現場へも容易に搬送できるようになりました。
これまでの人工子宮装置の課題
2020年に開発された装置は、サメの血液を模して作成した人工羊水と、良好な内部環境(水質・水温)を維持するための複雑な機構によって構成されており、総重量が1t程度と非常に大型でした。このような大型の装置は、室内に設置して運用する必要があり、搬送に数日かかるような遠隔地で回収された早産胎仔には適用できないという課題がありました。さらに、定期的に必要な人工羊水の交換作業が大掛かりになるという運用上の課題もありました。これらの課題の解決のため、小型の人工子宮装置の開発が求められていました。1.究極の単純化が、小型化の鍵
今回、装置の設計を根本的に見直し、(1)最小限の人工羊水で育成する。
(2)水濾過フィルターを省略する。
(3)水温維持に小型冷蔵庫を利用する。などの大胆な変更を加えました。その結果、装置の総重量は約40kgまで小型化することができ、人力での移動や、自動車や小型船舶への積載が可能になりました。
なぜこれが重要なのか
【本成果の意義】
本研究は、これまで不可能だった胎仔の長時間搬送への道を開いたという点で画期的であると言えます。これは、人工子宮技術を野生個体の保全のために利用していく上で重要なステップになると考えられます。今後、さらに装置の改良を進め、水族館における獣医療の充実と、野生個体の保全のために寄与していきたいと考えています。
サメの人工子宮装置の小型化により、早産したサメの赤ちゃんを安全に回収し、人工的な環境で育成することが可能になりました。大人のサメであっても長時間搬送で弱ってしまうリスクがあるので、海上で回収されたサメの赤ちゃんを遠方の飼育施設まで安全に輸送することを実現したのはとてもすごいことです!
将来的には、絶滅危惧種のサメの保全に大きく貢献することが期待されています。
発表雑誌 | |
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雑誌名 | MethodsX |
論文名 | Portable-size artificial uterine system for viviparous shark embryos (胎生サメ類のための、小型人工子宮装置の開発) |
著者名 | 冨田武照、金子篤史、戸田実、諸田大海、村雲清美、佐藤圭一 (一般財団法人沖縄美ら島財団) |
掲載日 | 2024年11月17日(電子版) |
冨田武照(とみた たけてる)
2011年、東京大学大学院理学系研究科博士課程修了。フロリダ州立大学研究員等を経て、2015年より当財団総合研究所所属。主査研究員。専門はサメの機能形態学。
この記事はプレスリリース、【(一財)沖縄美ら島財団】サメの“小型”人工子宮装置を開発。成果を国際学術誌にて発表。をもとにサメぺディアが編集したものです。