
サメはなぜひっくり返ると動かなくなるのでしょうか。
その正体は擬死状態(トニック・イモビリティ/ Tonic Immobility)。
シャチによる捕食とも深く関係する反応です。
今回のブログでは、擬死状態(トニック・イモビリティ)の仕組みや起こる場面、研究利用、ホホジロザメとシャチとの関係まで、科学的に解説します。
ホホジロザメがひっくり返るとどうなる?
ホホジロザメがひっくり返ると擬死状態(ぎしじょうたい / Tonic Immobility)という硬直不動状態になります(Shark Trust, 2025)。
この擬死状態というのは、簡単にいうと「死んだふり」のことです。ホホジロザメ以外のサメやエイなどの軟骨魚類、鳥類、哺乳類、魚類など、多くの動物が擬死を使います(Henningsen, 1994; Páez et al., 2023)。
ロレンチーニ器官でも気絶
擬死状態は、サメを単にひっくり返すだけではなく、鼻先にある感覚孔(ロレンチーニ器官)を刺激することでも誘発できます(Shark Trust, 2025)。ホホジロザメでも、吻(鼻先)に触れたり、こすったり、なでたりすることで擬死状態が誘発された例が報告されています(Páez et al., 2023)。ロレンチーニ器官が密集する鼻先をマッサージする方法は、ハルマヘラエパウレットシャークの調査でも使われています。ただし研究チーム自身が、この方法の効果はまだ検証されていないと述べています(Mukharror et al., 2020)。
ロレンチーニ器官はサメの弱点としてよく知られています。
どんなときにサメをひっくり返す?
研究者が生きたサメを調査したりタグを装着したりする際、ひっくり返すことで擬死状態にすることがあります(Shark Trust, 2025)。サメ好きな人ならドキュメント番組で見たことがあるかもしれませんね。
野生、飼育下、実験室を問わず、サメをこの状態にすることで暴れるのを最小限に抑え、研究者とサメの双方が怪我をする可能性を減らすことができます(Henningsen, 1994; Páez et al., 2023)。
また、擬死状態はサメの体に突然強い圧力がかかることで誘発されるとも考えられていて、漁師や研究者に捕まったとき、あるいは他の捕食者に襲われたときに防御戦略としても機能します(Páez et al., 2023)。実際に、シャチがホホジロザメやエイ類をひっくり返して無力化し、窒息させて捕食する「狩りのテクニック」として利用している証拠もあります(Shark Trust, 2025)。
サメをひっくり返したときの流れ
サメをひっくり返すと、方向感覚を失うことで擬死状態に陥ると考えられています(Shark Trust, 2025)。この状態に入るまでの時間は通常1分以内です(Shark Trust, 2025)。擬死状態になると、サメの筋肉は弛緩し、呼吸は深くゆっくりとしたリズムになることが特徴です(Shark Trust, 2025)。ひっくり返した状態から解放されると、サメは元に戻ります。
この擬死状態は最大15分間保つことができます(Shark Trust, 2025)。OCEARCHのホホジロザメのタグ付けや検査も10分以内を目標にしていました。
※ABCニュースの報道によると、OCEARCHの科学者チームがホホジロザメを捕獲し、検査やタグ付けを行って放流するまでに自分たちに課した最大限の時間は「15分」とされています(ABC News, 2013)。
サメを長時間この状態に置くことは、生理学的に大きなストレスとなり、リスクを伴うことが知られています(Brooks et al., 2011)。サメを釣ったときなどに面白半分で試すのはやめてください。
サメをひっくり返したときに気絶するのは何のため
サメをひっくり返したときに気絶するのは何のためなのでしょうか。サメが擬死状態になることで得られるメリットは思いつきませんよね。小さな生きものの場合は擬死状態になることは、捕食者を欺いて逃げ去る機会を得るための防衛戦略のひとつと考えられています(Stéphan G. Reebs, 2007)。ところが、頂点捕食者(トッププレデター)で天敵はあまりいない種類のサメにとっても同様の現象が見られるため、そのメリットについてはまだ解明されていない点が多くあります(Páez et al., 2023; Shark Trust, 2025)
交尾のために気絶する?
サメが擬死状態になることは交尾行動に関連しているのではないかと指摘する科学者もいます(Shark Trust, 2025)。どうやら、交尾中のオスの噛みつき行動と関連している可能性があるようです。
サメの交尾はオスがメスに噛みつきます。オスがメスの胸ビレや尾部に噛みついて拘束することは、擬死状態を誘発している可能性があります。こうすることで、オスは交尾の体勢を整えることができますし、交尾中にメスが暴れてオスが怪我をするリスクも減ります(Páez et al., 2023)。トラフザメでは、尾ビレを強く握るだけでも擬死状態が誘発されることが確かめられています(Williamson et al., 2018)。
コモリザメの求愛と交尾を観察した結果、擬死状態は交尾中の一般的な行動であることが報告されています(Klimley, 1980; Carrier & Pratt, 2004)。コモリザメのオスはメスの胸ビレや体に噛みつき、擬死状態を誘発してから交尾の体勢をとるそうです。この行動は、トラフザメやドチザメの仲間など、他の種類のサメでも観察されています。
わたしも水族館でマモンツキテンジクザメの交尾をみたことがあるんですが、メスが交尾の途中でクタッとして動かなくなったのですが、終わったあとは何事もなかったかのように泳いでいました 笑
どんなサメがひっくり返されると気絶する?
ホホジロザメ、イタチザメ、ヨシキリザメ、ツマグロ、ドチザメ、ネムリブカなど、さまざまな種類のサメが擬死状態になることが研究で明らかにされています(Stéphan G. Reebs, 2007)。この現象はサメの大きさに限らず、脳と体重の比(脳化指数)が鳥類や哺乳類と同程度である板鰓類全般に見られる複雑な行動の一つと考えられています(Páez et al., 2023)。
擬死状態の持続時間は、サメの種類や誘発される状況によって異なります(Páez et al., 2023)。たとえば、レモンザメをひっくり返したときと捕まえたときに擬死状態になった場合は、捕まえたときに擬死状態になったときの方が持続時間が長いそうです(Páez et al., 2023)。
シャチはホホジロザメをひっくり返して気絶させる
研究者がサメをひっくり返して気絶させるのは、個体を傷つけずに保定し、電子タグの装着や身体検査などの研究を安全に行うためです(Páez et al., 2023)。 ところが、海の世界ではそうはいきません。
シャチがホホジロザメをひっくり返す
シャチは捕食のための狩猟テクニックとして、ホホジロザメをひっくり返して気絶に陥らせることがあります(参考記事:「ホホジロザメ vs シャチはどっちが強い?大きい?」)。
1997年、サンフランシスコ沖のファラロン諸島でシャチがホホジロザメを15分間も逆さまにしているのが目撃されました。これが意図的かどうかは不明ですが、シャチによって擬死状態にさせられたホホジロザメは身動きが取れず、窒息死してしまったと報告されています(Pyle et al., 1999)。同様のことが2000年にも起きています(Shark Trust, 2025)。
ホホジロザメがシャチに攻撃されたときに最後の手段として擬死状態に入ることもあるそうですが、シャチの前では効果はなさそうですよね。
ホホジロザメはひっくり返されるとどうなる
ホホジロザメの場合、背びれが真っ直ぐになり(Shark Bookings, 2014)、呼吸が遅く深くなり、筋肉が緩みます(Henningsen, 1994)。こうなってしまっては頂点捕食者のホホジロザメといえどもどうしようにもありません。
シャチはエイもひっくり返す
また、ニュージーランドでは、シャチがエイを狩るときにもひっくり返して麻痺させていることが知られています(Shark Trust, 2025)。エイを攻撃する前にシャチは体を逆さまにして、エイを口にくわえたまま、素早く体を起こします。そうなると、エイはひっくり返ってしまいますね。
それを応用してサメをひっくり返すようになったのかは定かではありませんが、シャチが極めて賢く、ホホジロザメにとって怖い生き物というのは確かです。
まとめ
擬死状態がなぜサメにとって有用なのかはまだ完全には解明されていません。しかし、「防御戦略」としての側面や、「交尾の儀式においてメスをおとなしくさせるための役割」に関連しているのではないかという仮説がありますが、確かなことはわかっていません。
わたしの個人的な考えだと交尾がうまくいくように擬死状態になるのではないかと思います。実際にサメの交尾を見たことがあるのでなおさらそう考えてしまいます。
皆さんはどう思いますか?
参考文献・リソース
本記事の執筆にあたっては、以下の学術論文および専門資料(2025年時点の最新情報を含む)を精査・参照しています。
- Shark Trust (2025) "Tonic Immobility"
[https://www.sharktrust.org/tonic-immobility] (accessed 2025-12-30). - Páez, A. M., Hoyos Padilla, E. M. & Klimley, A. P. (2023) A review of tonic immobility as an adaptive behavior in sharks. Environmental Biology of Fishes, 106(6), 1455–1462.
doi: 10.1007/s10641-023-01413-1 - Mukharror, D. A., Susiloningtyas, D. & Ichsan, M. (2020) Tonic immobility induction and duration on halmahera walking shark (Hemiscyllium halmahera). IOP Conference Series: Earth and Environmental Science, 404, 012080.
doi: 10.1088/1755-1315/404/1/012080 - Henningsen, A. D. (1994) Tonic immobility in 12 elasmobranchs: use as an aid in captive husbandry. Zoo Biology, 13(4), 325–332.
doi: 10.1002/zoo.1430130406 - Brooks, E. J., Sloman, K. A., Liss, S., Hassan-Hassanein, L., Danylchuk, A. J., Cooke, S. J., Mandelman, J. W., Skomal, G. B., Sims, D. W. & Suski, C. D. (2011) The stress physiology of extended duration tonic immobility in the juvenile lemon shark, Negaprion brevirostris (Poey 1868). Journal of Experimental Marine Biology and Ecology, 409(1–2), 351–360.
doi: 10.1016/j.jembe.2011.09.017 - Williamson, M. J., Dudgeon, C. & Slade, R. (2018) Tonic immobility in the zebra shark, Stegostoma fasciatum, and its use for capture methodology. Environmental Biology of Fishes, 101(5), 741–748.
doi: 10.1007/s10641-018-0734-2 - Klimley, A. P. (1980) Observations of courtship and copulation in the nurse shark, Ginglymostoma cirratum. Copeia, 1980(4), 878–882.
- Carrier, J. C. & Pratt, H. L. Jr (2004) Group reproductive behaviors in free-living nurse sharks, Ginglymostoma cirratum. Copeia, 1994(3), 646–656.
- Pyle, P., Schramm, M. J., Keiper, C. & Anderson, S. D. (1999) Predation on a white shark (Carcharodon carcharias) by a killer whale (Orcinus orca) and a possible case of competitive displacement. Marine Mammal Science, 15(2), 563–568.
doi: 10.1111/j.1748-7692.1999.tb00822.x - Stéphan G. Reebs (2007) "Feigning death in fish." How Fish Behave.
[参照元:http://www.howfishbehave.ca/] - ABC News (2013) "Tracking Great White Sharks: GPS Tagging Reveals Swim Patterns."
[https://abcnews.go.com/Technology/tracking-great-white-sharks-gps-tagging-reveals-swim-patterns/story?id=18548987] (accessed 2025-12-30). - Shark Bookings (2014) "Tonic Immobility in Sharks"
[https://www.sharkbookings.com/tonic-immobility-in-sharks/] (accessed 2025-12-30).

